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:: 旅行記2003 ::
ダブリン * Dublin
エニスキレン * Enniskillen
スライゴ * Sligo
ドネゴール * Donegal
デリー * Derry
ポートラッシュ * Portrush
ベルファスト * Belfast
ニューキャッスル* Newcastle
    :: デリー * Derry ::  


ドネゴールから山間部を通りのどかな田園風景をドライブして行くと国境に気付かないままデリーに入った。市内に入ると周りの車の運転が少し荒い。他の町ではクラクションは挨拶などの合図であったがここではクラクションでせかされる。
城壁を中心にした街で今まで行った町とは雰囲気もかなり違って感じた。
スキン・ヘッドがやたらに目に付く。小銭をせびる(あまり顔つきの良くない)男も何人か見かけたが、観光客目当てではないらしく地元の人たちに対してだった。彼らなりのルールがあるのだろう。
美しい町並みの所々に"R・IRA"(真のIRA )などの落書きがある。年齢に関係なく松葉杖をついている人(男)が多く、『*ニーキャップに合ったのだろうか…』とよけいな詮索をしてしまう。
[*ニーキャップ(膝うち):IRAの懲罰班の有名な処罰法]
昼間は観光客も多くホテル周辺、城壁内は危険を感じることはない。ギルドホール近くの広場でビデオ撮影していると地元のおじさんたちがカメラに向かって愛想を振りまいてくれた。
夜パブに行こうと同じ場所を通ると人影がほとんどない。日の長い時期で10時近くまで明るく安心していたが少し不気味だ。引き気味でアイリッシュ・パブに入るといつものように人の良さそうな (カトリック系の人だろう) 常連客でにぎわっており、ホッとする。
次の日、ブラディ・サンデーセンターへ行く。当時の写真や、ポスターなどが展示してあり、写真撮影していると、館長らしき人が声をかけてきた。『注意されるかな?』と思いきや「私以外の写真は何を撮ってもいい」とのこと。「今から血の日曜日(1972年1月30日に起きた凄惨な事件)のドキュメータリーフィルムをを上映するので日本に帰ったら広く伝えて欲しい」と上映室に案内してくれた。
帰りに館長は「私は日本人の友人がいる」と付け加えた。聞くと"北アイルランドケルト紀行"の著者、武部好伸氏のことであった。
その足で事件の現場ボグサイト地区へ向かった。入り口付近には血の日曜日犠牲者の碑とスローガンを歌った壁画がいくつもある。現在は平和の象徴の壁画が加わったらしい。
昨年血の日曜日をドキュメンタリータッチで撮った映画『ブラディ・サンデー』のDVDが日本でも発売された。



ギルドホール
(市役所として使用)

聖コラムズ大聖堂
(1633年プロテスタント)

(城壁から)
ボグサイト地区

ブラッディ・サンデー・センター

デリー解放区白壁
ボグサイト

ハンガーストライキ
犠牲者の碑

血の日曜日
追悼碑
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